こんにちは。経済学部3年の後藤大介です。

最近走ってます。

三田にキャンパスが変わって都内に行く事になった事で、午後に練習がない日や練習が6時から始まる日にはそのまま日吉に帰っても寝るだけなので、マネージャーの佐野と一緒に都内を走る様にしています。
もともと減量の時に皇居まで走りに行ったりしてたので走る事に抵抗はなく、キャンパスが三田になった事で、今までよりも走る機会が増えました。
走る時は、いつも佐野とどこに行くか目標を決めてからランニングを始めます。これまで、恵比寿、広尾、新橋、銀座などまで走りました。

横須賀の田舎道とは違って、都会は色んな建物があるので東京は走って周りを見てるだけで楽しいです。キョロキョロしながら、田舎者を丸出しにして走っています。

先程佐野と走っていると書きましたが、読者の皆さんにはなぜマネージャーと走っているか、なんで佐野とこんなに一緒にいるのかを疑問に思っている人もいるかと思うので、まず僕と佐野の関係について書きたいと思います。

僕と佐野が初めて出会ったのは、塾高の2年生の時です。2年生の時にクラスが一緒になった事がきっかけで知り合いました。その時のクラスは、担任が鏑木先生で、クラスメイトには篠原がいて、鏑木先生のクラスは、席が五十音順の固定でたまたま僕の隣が篠原になり、その前が佐野という席順でした。当時の佐野はアーチェリー部に所属していて、いかにも大人しくて真面目だなという印象で、2年生の時に僕と彼が絡んだ記憶はほとんどありません。唯一会話したのが僕が鼻炎の時にティッシュを頂戴と言った事くらいです。佐野はいつも箱ティッシュを持っていて、優しい彼はみんなにティッシュをあげていた事は覚えています。

3年生になり、部活でも教室でも鏑木先生と顔を合わせられる幸せな1年間が終わって、クラス替えが行われました。塾高のクラスは1学年に18クラスもあるので2年連続でクラスメイトになるのは1人か2人くらいでほとんどいないのですが、3年のクラスでも佐野と一緒になりました。知り合いがいない僕はもともとクラスメイトだった彼に話しかけて、そこから3年のクラスでは話すようになり、仲良くなっていきました。

そんなこんなで佐野と少し仲良くなって大学に入り、大学では僕も彼も経済学部に入りましたが、これくらいの仲の友達なら沢山います。佐野のクラスは3組、僕は37組になった事でほとんど関わりがなくなった思われたのですが、たまたまマクロ経済学の授業が同じ先生になり一緒に授業を受ける事になりました。
ここら辺から柔道部に入る運命を感じますね。
その先生は過去問をほとんど変えない事で有名な先生で、過去問を友達にもらい、佐野に六徳舎まで来てもらって、過去問の解き方を教えてもらいなんとかマクロ経済学の単位を取得しました。ちなみに成績は僕がAで佐野がBだったのですが、そこが彼の可愛いところです。その頃くらいからプライベートでご飯を食べに行ったりする仲になっていきました。

大学に入ってからの佐野は某リコタイゴ○フ部に所属していて、週1でゴルフをして、後はバイトをして寝てるという時間を持て余している大学生だったので、「今の柔道部が深刻なマネージャー不足なのでなってくれないか」という事を伝えて、渋っている彼を柔道部がよく行く焼肉屋の龍苑に連れて行き、篠原とゆざと僕で説得した事によって大学2年生から柔道部に入部する事が決まり、今現在に至ります。

この日誌を書いている今も佐野と一緒に授業を受けています。
もうかれこれ5年目の仲で、とても優しい彼がわがままな僕の相手をしてくれているお陰で、毎日楽しく過ごす事ができていて感謝しています。
最近では入部して1年が経ち、柔道部の活動にも慣れ、余裕が出てきたらしく、柔道場で筋トレを始めたそうです。今年が終わるまでには僕が責任を持って彼をムキムキにしたいと思います。

話が脱線してしまいましたが、本題に戻します。
佐野の話が長くなってしまったので、ここからは端的にまとめていきたいと思います。

先日、佐野と一緒に東大の本郷キャンパスまで走りました。
次は、駒場キャンパスまで走りたいと思います。
都内で僕たちが走っているところを見かけたら声をかけてください。