此処3年、東日本医学生柔道大会でどうしてもベスト16校のリーグ戦入りに参加出来なかった慶應医学部柔道部は、昨年、最上級生星野の卒業により部員が4名となり、その内1年の南が病気を患い柔道部も休部状態に成ってしまった。その上主将の武下は、試合中習慣性肩関節脱臼症が段々と激しくなり、遂に2月に手術した。
即ち今年は部員3人から始まり、その内主将は稽古出来ない為一時は絶望的情状になった。そして新入生の入部にのみ望みを繋ぐしかなかった。
 在部員の努力が功を奏したのか、黒帯2人が様子を見に稽古に来たではないか。両名共初段、細身だが180㎝近い長身で町道場で稽古していた大鐘、今一人の初段は165㎝位の小柄だが身のこなしの軽い格闘技好きの青年というより少年の風貌の残る元気者の的場である。そして日吉高校野球部の投手をしていた全く柔道初心者165㎝の吉野が入部して来た。やっと、本当にやっとの思いで5人戦の団体戦に出場が可能になった。私はいくら弱くても5人戦で5人揃わないのは相手校に失礼になる事だと考えているので、心の底から嬉しかった。
その内、時々フラッと稽古に参加してくる一見乱暴者にも見える183㎝の大きな初心者がやって来た。高校ではアメリカンフットボールをやっていたらしい運動能力と、何か底力の様なものを感じさせる男である。この藤田も入部して来た。私は初めから彼を左の跳ね違いの内股をやらせる事を考えた。彼は自分が何故左構えにさせられたのか疑念を抱いた。そこで私は藤田に右の片脚ケンケンで道場を一周させた。次は左脚でやらせどちらが楽かと聞き、全く右の方が大きく楽に跳べる事を指摘して右脚を支え足にし、左脚で相手を跳ね上げる方が早く強くなると説いた。
そして指導者はいないが柔道好きの東京医科歯科大学の部員4人が三田道場に来てくれる様になり、稽古らしくなった。勿論以前から良く一緒に仲良くやっている慈恵の柔道部も時にやって来てくれる。稽古日は従来通り火曜、木曜である。これは剣道の先輩稽古日に併せたもので、この日は体育会の剣道部員が風呂を沸かしてくれるからである。

 やがて港区春季大会新人戦、三田道場での五大学戦を経て、いよいよ夏の東日本医科学生総合体育大会への参加が近づいて来た。
○ 武下主将は兎も角肩のリハビリに専念する。
○ 関前主将はその跳び込み背負に磨きを掛ける。何しろ各校で有名になっていて、今迄の早さのままでは勝ち切れない。
○ 五十嵐次期主将は今迄の返される大外刈を、肘を入れ体重を掛けた返されない大外刈(飯塚十段の得意技)に変えた。
○ 大鐘一年生は内股巻込みと支え鈎込足を磨く。
○ 的場一年生は左片襟背負と足持ち大外、返されない右諸手背負を練習する。
○ 藤田一年生は左内股と左外掛け。
○ 吉野一年生は左背負と大内、小内の連続技。
各人に夫々の宿題を出し、その技を一生懸命頑張って身に付ける様努力した。
 
試験終了直後の7月27日(水)の朝9時から朝稽古を行った。始めに朝食は2時間前かとらないで来いと注意したが既に遅く、2人ばかり嘔心、嘔吐で苦しんでいた。
7月28日、29日と朝稽古、私は必殺技などを指導しながら1日昼食を全員神田の「まつや」そばで食べ英気を養った。
次に國領の慈恵の道場で、慈恵、慶應、医科歯科、明治薬科等で合同稽古を連日行った。
8月5日(金)夜8時から仕上げの練習を行った。

 8月7日(日)10時より講道舘大道場で日大医学部主管の東医体の柔道部門の試合が行われた。慶應は東京医科歯科、昭和医大、横浜市立医大のメンバーに入ったこの四校の内、上位二校に位置しなければならない。
 初戦は東京医科歯科大である。大山選手が怪我して3人である。肩の手術をしている武下を大将に供えた。そしてお前は休んでいろと話す。彼は「大将は外さないでしょう」と云ったが、俺が監督なら大将に不戦をもって行くよ……。そして先鋒に大鐘をもって行って、お前が取ればそれで勝ちだからなとハッパを掛けた。先鋒大鐘は少々上がった顔面蒼白だ。だが内股から大内刈で30秒で一本!次鋒の関も何とか技有で判定勝ち。何と五十嵐迄も10㎏も違う相手を大外刈に切って取る5:0である。
 二戦目は昭和医大だ。前の試合を見て強いのが分かった。試合前、私は的場にデブと当てて良いかと尋ねた。彼は動きの早い奴より遅いデブの方が闘い易いと聞いて中堅に出した。先鋒の武下が早々に押込まれ、関も持ち手を殺され寝技に引込まれ、中堅的場は本日絶好調で軽量級か重量級との闘い方の見本の様に攻め、効果クラスの技を2本とったがラスト30秒で押込まれた。大鐘も力の差で内股を持たれ左大腰で飛ばされた。5:0で完敗したが、次が勝負とハッパを掛けた。
 三戦目の横浜市立医大は春の練習試合で負けている。しかも敵のプロレスじみた変な技が得意な平良選手には関が3度も負けている。相手オーダーを読み、先鋒武下、大将大鐘で決めに出る事にした。関には今一度平良と争わせ、間合を詰めたら先に攻撃、離れたら何時でも片手を離せる様に指示した。始まった。
 先鋒武下は、試合巧者を発揮して相手は寝技が弱いと見るや徹底して寝技に引き込み、縦四方で一本。これで皆の意気が揚がった。
次鋒関は、3回連続負けている平良に策戦通りにしっかりと戦い、途中で相手は為す術が無いと云った顔で苦笑いをしていた。全く完璧な試合だった。
中堅五十嵐も敵の寝技から必死に守り、何とか大外、巴等で攻めながら良く引き分けた。
副将的場は、1年生ながら良く動いて止まることなく右、左と背負の連続技。その上相手の寝技への引き込みも良くこらえて引き分け、勝利の方程式が出来上がった。
大将大鐘の相手は、力は有るが白帯、楽に見てられる。先ず内股で有効を奪い、すぐに得意の大内刈に葬った。
2:0で完勝である。みんな本当によくやってくれた。実力を出し切った試合を見せてくれた。有難う!

 ベスト16校のリーグ戦は、Aグループの1位(ウチはBグループの2位)と当たるので勝つ事は無い。兎に角47校中ベスト16に成った事を喜ぶべきで有る。──Aの1位札幌医大(自治医大に勝って来た)には運動量の違いをまざまざと見せつけられた0:5で負け──
尚、当日も応援して下さった山本茂雄先輩と兄の井出隆雄氏の何時もながらの御厚情に御礼申し上げます。